長崎と僕との20年
僕の設計で2005年にオープンした長崎県美術館の20周年イベントのために、長崎を訪れて講演した。
隈家はもともと長崎の大村のルーツで、振り返ってみると、僕も人生の節目ごとに長崎を訪ねている。ガンで弱ってしまった父親を引きずり出して、最後の旅をしたのも長崎で、墓のある本経寺に、なんとかお参りできた。
ルーツのゆかりのある場所ということで、コンペも全力投球して、幸いに入選できた。奇をてらったデザインではないが、敷地の真ん中を流れて、制約のようにも見える運河をマイナスと捉えずに、ミュージアムのどの場所からも、その運河の水が感じられる開放的なプランにしたのは、通常はマイナスとなる与条件をプラスに反転するという意味で、隈流だったと思う。
長崎という場所は、僕には様々な影響を与えている気がして、そこは日本の一番西で、隣には中国、海の向こうは西欧で、それらの異文化とどのように橋をかけるかが、この都市のテーマであり、また僕の建築の最大のテーマだともいえる。
実際に、僕の大村藩士であった祖先達も、キリスト教禁止令や、大村騒動などに翻弄され続け、大村の歴史に名を残している。簡単に言えば西と東の境界線で悩み、戦った場所が長崎であり、その闘争から僕という建築家が育ったのである。
この境界線の上にデザインした長崎県美術館は、さりげないデザインだが、ある種の人々の心には響くようで、完成して数年後、この建築を訪れて気に入ってくれたユーミンから、突然、対談を申し込まれたこともあった。実はその前に長崎のラジオに出演し、この美術館にもっとも似合う曲として、ユーミンの『海を見ていた午後』をあげたので、お互いに響きあうものがあったのだろう。
さらにスコットランドの北の港町ダンディも、長崎とつながった。この街も、イギリスとアジアとの貿易の拠点で、西と東の境界線上の街であった。そこに、イギリスを代表する博物館であるヴィクトリア&アルバート・ミュージアムのスコットランド分館を作るというコンペに僕が招待されて、最終的に設計に選定された。そのきっかけは、長崎を訪れた審査員達が、この境界線のミュージアム、水と一体になった風情を気に入ってくれたことだった。
そのようにして、長崎は西と東を通じ、僕の過去と現在を様々につないだ。20年経って、水辺とさらになじんで、市民から愛されている美術館の姿を見て、その思いをさらに強くした。

長崎県美術館の開館20周年を記念した講演会「美術館と建築」に隈研吾が登壇します。 日時:2025年7月27日(日)14:00~15:10(開場13:30) 会場:長崎県美術館ホール ※参加無料 詳細及び事前応募はこちらから。 主催:長崎県美術館 Read More
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