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#63 December 8, 2024
世界で最も歴史のあるオペラ劇場としても知られるナポリのサン・カルロ劇場(設立1737)から、シノグラフィ(セットデザイン)を依頼された。出しものはヴェルディのシモン・ボッカネグラ。ヴェルディのオペラの中では、椿姫、アイーダほどに有名ではないが、脚本を読み込むと、今という危機の時代を考える上では、またとないテーマを提供してくれていることが見えてきて、自分でものめりこんでいくのがわかった。
初演(1857)の時には酷評されたが、ヴェルディには作品に深い思い入れがあり、晩年の彼は、そこに自分自身の人生を投影し、脚本を変えて再演し、再演(1881)で大成功したというエピソードにも興味をひかれた。酷評されるということは、そこにその時代を超えたもの、その時代を批判する精神が存在しているということであり、その酷評を乗り越えて復活したものに、僕は深いシンパシーを感じる癖がある。自分の建築がしばしばそのような目にあうこととも、関係がある。例えばオペラなら、カルメンにひかれるのは、それゆえである。
Anish Kapoorは香港文化センターと東京で演じられたシモン・ボッカネグラのシノグラフィをデザインした。このオペラにはなぜか、この困難な時代を生きるわれわれをひきつけるものが存在するのである。
ひとことでいえば、それは和解というテーマである。シモン・ボッカネグラは、ゼロから自分の人生をたちあげ、戦いによって多くのものを失い、傷つき、そして最後には和解する。戦い、疫病によって多くのものを失い、傷ついたわれわれの生きるこの時代を、どのようにしたら和解に導くことができるのか。シモンの中に、そのヒントを探したいというのが、時代の想いであり、彼に共感するすべての人々の想いなのである。
アニッシュのシノグラフィが、真っ赤という激しい色を多用したものだったのに対し、僕のナポリでのものは、白にこだわった。白が光によって激しく変化することを見せたかったのである。そのためソリッドなヴォリュームではなく、無数の孔をあけた。半透明な膜をぐるぐると折りたたみ、何層ものレイヤーを内蔵させた。それが光の変化によって、様々な白に感じられ、奥行きの変化、流れ、闇の深さを生成するのである。
それこそが、シモンの人生から僕が受けた印象であった。海の男として生まれた彼の、海の波に翻弄され続けた人生も、このぐるぐるとしわしわとに折りたたまれた膜材のイメージと重なる。
ナポリのサンセヴェーロ礼拝堂にあるクリスト・ヴェラートと呼ばれる石像からも、多くのインスピレーションをもらった。キリストを覆う白い布は、波打つ白い大理石におきかえられ、キリストという聖性は、その白い波によって表現される。
聖性というのはソリッドなヴォリュームではなく、変化し続ける波だというのが、ナポリ人の感覚であり、僕がシモンに対して抱いた実感なのである。その実感を、僕はこの布でできた舞台装置を通じて、伝え、残してみたかった。