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#81 April 8, 2026


『フィガロの結婚』と綱渡り

オペラの近代はモーツァルトの『フィガロの結婚』(1786)に始まると言われている。近代の始まりとされるフランス革命(1789)の3年前という、日付だけが理由ではない。そもそも宮廷の娯楽として出発したオペラという形式が、『フィガロ』によって、市民の演劇へと転換したのである。その転換によって『フィガロ』から、オペラの近代が始まったとされるのである。

その『フィガロ』の舞台美術を、東急文化村から依頼された。日本で初めて手がける舞台美術がその『フィガロ』だということに、何やら運命めいたものを感じた。

では、オペラの本質とはそもそも何か。それは、宮廷的な形式を用いた、宮廷批判であったと僕は考える。それはある種、ギリギリの綱渡りであった。事実、辛辣な宮廷批判を内蔵していた『フィガロ』は、上演都市によって、上演禁止と興行大成功とは二分されていた。いかに近代オペラが綱渡りであったかを、実証するエピソードである。

オペラはいわば市民社会におけるガス抜きの装置として機能したのである。「ガス抜き」こそ市民社会と芸術との関係の重要な形式だったと言ってもいい。モーツァルトは、その機能を完全に理解していたことが、『フィガロ』を観ればよくわかる。彼は、彼自身の片足が、宮廷文化にしっかりとつかっていたからこそ、この綱渡りの緊張が人々を魅了し、オペラが市民社会の最大の娯楽であることを理解していたのである。

建築家の日常もまた、その綱渡りであることは間違いがない。クライアントという出資者によって支えられながら、クライアントの特権性に対する批判によって、建築を開き、解放するのである。その綱渡りにこそ、職業の本質と醍醐味と社会的意義が存在する。

今回の『フィガロ』で、僕が試みた綱渡りは、設計に携わったザ・キャピトルホテル東急を舞台装置のモチーフにするということだった。そもそも『フィガロ』の基本構成は、舞台となった伯爵邸と、その背後にある宮廷文化への批判である。その伯爵邸をオペラの主催者である東急グループのフラッグシップホテルであるザ・キャピトルホテル東急に置換するということは、かなりの緊張感を要する綱渡りであった。

ホテルはある意味で貴族の邸宅以上に、体制や権力の編み目にからみとられた存在であり、現代社会のシステムを象徴する存在である。だからこそ、『フィガロ』の舞台をホテルに設定することに意味があり、訴求力がある。

幸いに、初日での観客のリアクションは想像以上だった。オペラが西欧のものではなく、日本のものとして感じられたという興奮した声を、いくつも聞くことができた。それは僕らの試みた綱渡りが、現代の東京の人々に伝わったということなのかもしれない。そして綱渡りは、芸術家だけの日常ではなく、すべての現代人が、社会と組織と自分との間で綱渡りを続けているのである。

オペラという演劇形式が現代の市民社会で生き延びていくために必要なのは、綱渡りする勇気である。そのことをあらためて確認した、充実した一晩であった。

Kengo Kuma © Onebeat Breakzenya

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