僕のスケッチの、初めての展覧会
ベルリンのチョーバン(Tchoban)財団で、初めてのスケッチ展を開いた。写真展、模型展は数知れず、世界中で開いてきたが、手描きのスケッチは、自分の身体をさらしてしまうような気恥ずかしさがあって、通常の展覧会よりもだいぶナーバスになった。
正確には、"Kengo Kuma – The Flow of Lines through the Lens of Erieta Attali"というタイトルで、僕の建築を撮り続けている写真家のエリエッタ・アタリの作品と、僕の木炭のスケッチが並べられるという、ユニークな組み合わせの展覧会となった。
© Ansgar Koreng / CC BY-SA 3.0 (DE)
自分でも、よくもこれほど多くのスケッチを描いたと驚くほどのスケッチが飾られていたが、スケッチは、自分自身で僕の建築に内在するリズムを確認するために描いているので、リズムを確かめて、それをしっかりと紙の上に刻印して残しておきたいという僕の欲求は抑えようがなく、こんな膨大な数のスケッチが、知らず知らずのうちにたまってしまったということなのだろう。
「建築は凍れる音楽である」というのはゲーテの言葉として知られているが、音楽といっても、様々な要素が混合している。和声、そのベースとなっている比例、あるいは音楽の主役と考えられている旋律に対する僕の関心は希薄で、もっぱらの関心は音色とリズムに注がれている。その関心がめざめたのは、バブルがはじけた後の1990年代の地方放浪の時代であった。この今から振り返れば、ある種夢のようなその不遇の時代に地方にできた建築は、超ローコストで規模も小さかったので、シルエットやヴォリューム操作で遊ぶなどという余裕はまるでなく、もっぱらミニマルな最小ヴォリュームの中に、どのようなリズムを奏でるかだけに注力していた。代表的な作品は《石の美術館》(2000)で、石のピースの積み重ね方と孔のあけ方だけで、どんなリズムを奏でることができるかに、全精力を注いでいた。この時代にリズムという方法を発見し、そのプロセスの中で建築の中に埋め込んだリズムを、紙の上に刻み、残しておきたいと、不器用なスケッチを描き始めたのである。
この90年代の始めに右手首に大怪我をして、右手が自由に使えなくなり、それ以前のように線を器用に描くことができなくなってしまったという個人的な事情も、この不器用な「リズムのスケッチ」を生み出すきっかけとなった。いわばある種の「不遇の時代」と個人的身体に降りかかった怪我とが共謀して、「リズムのスケッチ」が生まれたのである。
© Nadja Fedorova
僕のスケッチ群の隣りに、エリエッタの写真が並べられたのだが、これもまた通常の建築写真とは異なって、建築のヴォリュームやシルエット、すなわち建築に関するものは写し出されずに、もっぱら建築の空気感だけが、印画紙の上に刻印されている。
僕の建築を撮り始めたことをきっかけに、この手法を発見したと、エリエッタはその後のシンポジウムでコメントした。もともと建築写真家ではなく、ランドスケープや遺跡を撮り続けていたエリエッタは、僕の初期の作品《水/ガラス》(1995)をコロンビア大学の図書館で見て「これは撮りたい」と思い、建築写真への途へと踏み出したというのである。すぐに彼女のメンターであるコロンビア大の教授ケネス・フランプトンに相談したら「日本に行くのは大賛成だけど、遠いよ」と言われたそうである。
建築につきものの「形態」という存在に全く関心がなかったエリエッタだから、同じように「形態」を嫌っていた僕の建築にひかれたのかもしれない。
© Nadja Fedorova
エリエッタの写真は、いつも空気感と関係性が見事に表現されているので、僕は感心する。この展覧会が開かれたベルリンという場所との関係性でいえば、1933年、ナチスから逃げるようにしてベルリンから日本に移動したブルーノ・タウトは、桂離宮を見て涙を流し、「柱は関係性の建築である」と看破した。エリエッタが感激した《水/ガラス》は、ブルーノ・タウトが日本に残した唯一の建築《日向邸》(1936)の隣りの敷地に建っていて、僕はタウトへのひとつのオマージュとして《水/ガラス》をデザインした。水(太平洋)と人間との関係性を、ガラスを媒介にして、建築化したいと考えたのである。ベルリンをピボットとしてタウトとエリエッタと僕が、ついにつながったような、特別な時間となった。
会の進行は、現代の最も優れた建築のクリティックの一人であるコロンビア大学のバリー・バーグドールで、彼は以前、ニューヨークでの対談で、「コルビュジエの建築がルシアン・エルヴェの写真と切り離せないように、隈の建築は、エリエッタの写真と切り離せないかもしれない」とコメントした。エルヴェは強い影を用いて、コルビュジエの作品を、見事に立体的彫刻として表現した。そのコメントの意味を、やっとベルリンで理解することができた。

キネマ旬報シアター(千葉県・柏)にて、映画「粒子のダンス」が上映されます。 上映期間:2026年6月6日〜6月12日 詳しくはキネマ旬報ホームページをご覧ください。 全国順次公開予定 上映スケジュールは各劇場にてご確認ください。今後の上映情報および最新スケジュールは公式サイトにてご確認ください。 <映画『粒子のダンス』> 建築家・隈研吾氏の15年間の軌跡を描いたドキュメンタリー映画。 東日本大震災 … Read More