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#68 May 13, 2025


二つの万博と僕

1970年の大阪万博は、僕にとって大きな出来事であった。正確にいえば人生の方向を変えるくらいの大きな失望を、僕はそこで味わった。

1964年の第一回目の東京オリンピックで、小学4年生の僕は、丹下健三設計の代々木競技場の、天へとのびる、高度成長の勢いを象徴するような造型を見て圧倒され、建築家をこころざし、建築家をめざして走り始めた。

しかし、60年代の後半は、水俣病を始めとする公害問題が続出し、家の近くを流れる川も妙な臭いがして、丹下さんが掲げていた都市開発の壮大なビジョンに対し、そして建築という巨大な構築物と関わる建築家という仕事に対して、疑いや迷いが続々と頭をもたげてきたのである。

そのもやもやとした気分にさいなまれていた高校1年の夏休みの僕は、大阪万博の中に、その疑問への答えがあることを期待したのである。「人類の進歩と調和」というテーマに含まれた「調和」という一言には、環境への配慮の意味が込められているという解説もあったし、パビリオンをいくつも設計していて、万博の主役のように見えていた黒川紀章さんは、当時の僕の新しいヒーローだった。師の丹下さんのモダニズムを継承しながら、機械原理にかわる生物原理を提案して、メタボリズム(建築・都市の新陳代謝)運動を主導し、丹下さんがヨーロッパのモニュメンタルな広場をモデルとしたのに対し、黒川さんはゴチャゴチャとして活気のあるアジアのストリートの復活を唱え、その主張に共感を覚えていた。

しかし、期待して訪れた万博の印象は最悪であった。丹下さんが設計した、お祭り広場の大ざっぱな感じは、代々木体育館の崇高な空間とは比較にならなかったし、黒川さんの新陳代謝するカプセルをテーマにしたパビリオン群は、生物ともアジアとも関係のない、鉄でできた怪獣にしか見えなかった。暑い中を長時間待たされたことが、その悪印象を倍加させた。神様の丹下、ヒーローの黒川にも失望して、建築家という仕事自体に対する夢が消えていくようだった。何をめざしていけばいいのかが、わからなくなってしまったのである。

その絶望の大阪万博で二つだけ気に入ったものが見つかった。ひとつはスイス館というひねくれたパビリオンで、ここではパビリオンのかわりに、金属でできた大きな樹を、小さな広場に植えてあって、これならば待たなくてもいいし、ちょっとした日陰にもなっていて、そのひねくれ方、大きな建築物への批評性に好感が持てた。

もうひとつは暗くなった閉館間際に訪れたフランス館のカフェで──フランス館自体は行列を敬遠して、入らなかった──そこで見たトレイのデザインがシンプルでシャープでとても気に入った。トレイのすべての凸凹が、見事に器としての機能、人間の身体の所作と対応し、ナイフ、フォークなどのカトラリーも、同じリズムと同じ粒子感で作られていて、感動した。

自分はこういうひねくれたものや、身体により近い徹底的に小さいモノを作る仕事をやりたいと、強く思った。建築という大ゲサなものには愛想をつかしたけれども、そのかわりに小さくて、ひねくれた希望を新たに見付けることができたのである。

その大きな転機となった70年万博の55年後の大阪で、4つのパビリオンをデザインすることになった。オープニングに合わせて、70年の暑さとは対照的に、寒風吹きすさぶ会場を歩きまわり、僕の4つのパビリオンが、充分にひねくれていることを確認して、少し安心することができた。

70年が鉄とコンクリートの怪獣の集合体であったとすると、2025年は一言でいえば「木の万博」と統括することもできるだろう。将来にも、そのように評価されるだろう。巨大な木のリング、木の日本館を始めとして、会場は木に溢れていた。しかし、国立競技場を筆頭とする木の建築ブームのリーダーといわれてきた僕のパビリオンは、どれも木を主役としていないので、それだけでもこの「木の万博」の中では充分にひねくれている。実際に木を使っているカタールのパビリオンでも、木はカタールの伝統的な木造船ダウボートの白いセイルの背後に隠れていて、主役は水面と白い帆であり、木の表現は注意深く排除されている。

木をそこまで排除した理由は、表面材としての木の表現に流されていく時代にさからってみたかったからである。今の時代に必要なのは、木のテクスチャーでも木という表現でもなく、自然循環のリングの重要なエレメントとしての木であるということを、木のスタジアムの後の万博という場所であるからこそ、人々に伝えたかったのである。

簡単にいえば、木はファッションであってはならないということである。建築家には、時流に逆らうこと、ファッションにおもねらないこと、すなわちひねくれることが一番大事であると、僕は考えている。だから、「木の万博」には違和感を覚えたのである。

その観点でみると、自然循環としての木というテーマを僕なりに最も深く追究したのは、小山薫堂さんと一緒に作った、万博全体のテーマを掘り下げる8つのテーマ館のひとつであるEARTH MARTであった。そこでは、茅葺きのボサボサとした屋根が主役となっていて、ツルツルとした人工素材とツルツルとした木に埋め尽くされた万博会場の中で、圧倒的な存在感を示していた。日本の里山では、木材以上に、茅葺き屋根の材料である草(多くは草原のススキ、そして水際に生育するヨシであった)が自然循環と環境保全、生物多様性の主役となっていたことを、僕は大きなカヤ場を守り続けている岡山の真庭市で知った。里山というとすぐ木材利用に話がいってしまう現状に対して、茅を持ち出して一石を投じたいと思ったのである。

Expo 2025 EARTH MART (©︎Katsumasa Tanaka)
Expo 2025 Qatar Pavilion (©︎Katsumasa Tanaka)

EARTH MARTの里山のかくれた主役であった草にしろ、カタール館の砂漠の天幕の素材であった白い布にしろ、僕がこの万博で提示したかったのは、生活の中で重要な役割を果たしているマテリアルそのものである。ポルトガル館の船をあやつるロープも、マレーシア館の竹カゴに使われる竹も、生活に欠かせないマテリアルであり、人間というちっぽけで弱いものを、環境という大きくてタフなものとつなぐ、なくてはならない大事なマテリアルなのである。マテリアルを建築の表面材料(クラディング)として用いるのではなく、マテリアルと人間との関係が感じられるような場所をデザインしてみようと思ったのである。マテリアルと人間との関係は、その場所、その国というものを、最もわかりやすい形で、訪れた人に伝えてくれると感じたからである。

Expo 2025 Portugal Pavilion (©︎Tugce Ari)
Expo 2025 Malaysia Pavilion (©Kengo Kuma & Associates)

そこに焦点をあてることで、建築という大げさで大きすぎるものを再編成したいというのが、この万博で僕がやりたかったことである。70年の大阪万博でフランス館のカフェテリアの小さなトレイが、僕の建築に対する興味をつなぎとめてくれたように、小さなマテリアルを通じて建築をよみがえらせたい。そんな大それて、ひねくれた野望を、この万博に託してみたのである。

Kengo Kuma © Onebeat Breakzenya

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