この原稿を含めて、僕はすべてのテキストをボールペンを使って、手書きで書いて、それをKKAAの広報の稲葉さんが打ち出している。なぜ手書きで書き続けるかについてはあまり深く考えたことがなかったが、岩波書店から出版予定の「点・線・面」のというタイトルのセオレティカルな本を書きながら、手書きにこだわる理由について考えてみた。
一言でいえば僕は、ノイズだらけで整然としていない、小さな物達(すなわち点、線)が散乱した状態が好きて、そのようなものに囲まれている気持ちが落ち着くのである。逆に固くかたまって、とりかえしがつかないコンクリートのようなものを見ると、気分が悪くなるのである。建築においても、点・線の実現がテーマである。
もちろんPCの画面上のテキストも、充分に変更可能でとり返しがつき、充分に開かれてはいるのだが、それを身体に感じるのは難しく、整然と同じ大きさのフォントが並んでいる様子が息苦しいのである。「点・線・面」では、カンディンスキーの版画論と、マリオ・カルポのデジタルデザイン論をひきながら、この離散的なノイズ状態の快適さを、論理的に解明しようと考えている。