オリンピックの開会式の空に浮かんだドローンを、スタジアムのモザイク色の席から見上げた。隣に、オリンピックのロゴマークをデザインした野老朝雄さんも見上げていた。彼がAAスクールで建築を学んでいた頃から、僕は彼の作品を見ていて、どんな建築家になるのかと思っていたら、建築家ではなく新しいタイプのデザイナーになった。彼はドローンの描く図形が、オリンピックのロゴから三次元の球体へと変化していく原理を熱心に解説してくれた。
背景にあるロジックは、バックミンスター・フラーがジオデシックドームをデザインした時の、球体分割理論である。正20面体と正12面体による分割が、球体に到達するための近道であることを、フラーは教えてくれた。この正20面体理論に基づいて僕は15個の傘をジッパーでつなぎあわせてドームを作るカサ・アンブレラ(2008)を試作した。20面体のうち、5個は地面から下にあるので、傘は15個なのである。フラーは球の分割という意識が強いが、僕の場合は、粒子の足し算で球に到達するという意識が勝っているので、考え方が逆向き ― フラーは演繹法に対して、僕の帰納法 ― なのである。野老さんのロゴも粒子の足し算という考え方がベースになっていて、その裏側にある帰納法的、あるいは量子力学的世界観に僕は共感した。
僕が5色の色の椅子をランダムに配置してみたのも、そのベースにあるのは、その量子力学的世界把握である。量子力学的に、小さな粒子の確率論的集合体として世界を眺めてみると、ランダムでノイズだらけに見えていた世界が、意外にも美しく、楽しいことに気がついた。国立競技場は、モザイク状の椅子のおかげで、無観客でもさびしくないと、多くの人から指摘された。少子高齢化と環境問題と疫病で、人間の数がどんどん少なくなっていく社会には、そのような量子力学的な粒子群のデザインがふさわしいのかもしれない。