KKAA Newsletter #76 (January 20, 2026) See in English 日本語で見る

#76 January 6, 2026


Back to Village, Back to East

昨年4月に、トランプ問題で揺れるコロンビア大学での緊張感漂うレクチャーの後、アメリカの日本研究の第一人者、ヘンリー・スミスと東京での再会を約束した。

今回の彼の来日の目的は、彼が中心となって企画した、ニューヨークのMoMAでの伝説的展覧会“Shinjuku: The Phenomenal City”(1975 – 76)の50周年イベントへの出席であった。1人の人間が、自分が企画した展覧会の50周年記念に元気で登壇するわけだから、彼のエネルギーの継続には、驚くべきものがある。

彼はそのトークの前に、僕が2011年に出版した『新・ムラ論TOKYO』をサカナに飲みたかったというので、僕のエクアドルへの出発前の深夜に盃をくみかわしたわけである。

彼が多木浩二と共に企画したShinjuku展は、MoMAで行われた建築関連の展覧会の中でも、最も重要なものであったと僕は考えている。もちろん1932年の“Modern Architecture”展は、モダニズム建築の世界制覇のきっかけを作った記念すべき展覧会であったが、それから約半世紀後のShinjuku展は、ある意味でモダニズム建築の終焉、もっと踏み込んでいえば「西欧建築の終焉」を宣告した、預言的展覧会であったと、僕は考える。同じくMoMAで開かれた1988年の、“Deconstructivist Architecture”展より遥かに、Shinjuku展は黙示論的で、時代の本質を見抜いていた。ヘンリーと多木は、新宿の小さなモノ、小さなノイズが主役となった雑踏に、西洋という「大きな文明」の敗北を感じ、東京という「小さな文明」に希望を見出したのであった。“Deconstructivist Architecture”展は、形態の目新しさがあったとはいえ、所詮は西洋中心の「新様式」「新形態」の展示であったが、“Shinjuku”展は、建築という形式自体への批判を内蔵し、さらにいえば、西欧中心主義への反発ともいえるものだったのである。

その記念すべき展覧会の開かれた1975年に建築を学び始めた僕は、このShinjuku展が産んだベイビーと呼べるかもしれない。そのベイビーが、それから約半世紀後に『新・ムラ論TOKYO』という「大きな文明」批判の本を出したのは、決して偶然ではない。そしてヘンリーと僕は、Shinjukuのはずれの神楽坂で僕と篠原聡子が繰り広げている、ムラ復活プロジェクトについても、ビオワイン片手に語り合った。

ヘンリーのすごいところは彼がムラとは何かということに関して、単なる感覚的、趣味趣向をこえた歴史的パースペクティブを持っていることである。その好例は、僕の恩師・鈴木博之先生のまとめた『シリーズ都市・建築・歴史6 都市文化の成熟』(2006)の中の彼の論文「村(ヴィレッジ)としての東京──変転する近代日本の首都像」である。その中で彼は、「『村(ヴィレッジ)』と呼ばれた経験をもつ都市は世界に数多い」として多数例をあげ、東京を相対化して世界史の中に位置づけていく。たとえば「一九世紀後半のモスクワは、地方と強い紐帯をもつ多数の産業労働者のために『村(ヴィレッジ)』と呼ばれた。二〇世紀のロサンゼルスは、その広大なスプロールと郊外の飛び地への分散現象から『巨大な村(イノーマス・ヴィレッジ)』と称された」(『都市文化の成熟』、p.203)。

その広範なリサーチの結果、彼がたどり着いた結論は、今でもムラ性を一番もっているのは東京だ! というものであった。

その彼と、ムラの真ん中の神楽坂で語り合ったその夜は、忘れがたい一晩になった。

Kengo Kuma © Onebeat Breakzenya

News出版/記念ブックトーク『変われ!東京』韓国語版このたび、『変われ!東京』の韓国語版『구마 겐고의 도쿄 토크-작고 느슨한 방식으로 도시 만들기』がenvelopより出版されました。 詳細およびご購入方法は、こちらでご確認いただけます。 【出版記念ブックトーク】 日時: 2025年12月8日(月)19:00〜21:00 第1部(19:00〜19:30) 翻訳者・ミンソンフィによる本 SUMMARY 第2部(19:40〜20:50) 隈研吾と … Read More
News出版『神楽坂「和可菜」』このたび、ばんせい総合研究所(著)『神楽坂「和可菜」』が三省堂書店より出版されました。 失われゆく「和可菜」を想う──山田洋次 再生を手掛ける──隈研吾 命を吹き込む──大樋年雄 詳細はこちらでご確認いただけます。 神楽坂の小さな木造旅館「和可菜」で、寅さんシリーズを始めとする映画脚本を執筆していた山田洋次監督から新しいオーナー捜しを含めて依頼され、さまざまの苦労、ドラマの末に約10年かかって完成 … Read More
Projects神楽坂和可菜改修「ホン書き旅館」と呼ばれ、山田洋次監督を始めとする多くの作家の執筆生活の拠点として知られる神楽坂の象徴的旅館の再生。 1954年に女優木暮実千代の出資で開業した和可菜は伝説的なオカミ和田敏子さんの引退で2015年におしまれながら閉業し、放置されていた。わずか5室しかないこの伝説的な木造の旅館を、利用できるものは可能な限り利用する方法で更新・補強し、再生させた。新たに玄関正面の壁には、茅葺職人の相良 … Read More