2つの本を書下ろしで書いた。国立競技場の設計に携わっていた、忙しい時期に、よく2冊も本を書く時間を見付けられたものだと自分でも感心するが、この時期だからこそ、本を書くことができたのだということもできる。すなわち「新国立」といういままでの人生で味わったことがないようなプレッシャーが、僕の背中を押して、この2冊を書かせたのである。「新国立」という事件が人生で起きなければ、この2冊の本は生まれなかったであろう。
1冊は岩波書店から出る『点・線・面』である。自分の建築的方法が前の世代の建築家達と、そしてさらにその前のモダニズムの建築家達とどう異なるかを、徹底的に総括しようと考え、僕の方法を『点・線・面』の方法、すなわち粒子の方法と呼んでみたわけである。『点・線・面』はの中心的人物でもあったロシアの画家、ワシリー・カンディンスキーの著作と同名で、実は僕はこの本を高校時代に読んで衝撃を受け、そのままずっと座右に置いていた。僕流の『点・線・面』を書いていてもっとも興奮したのは、量子力学以降の現代物理学と僕の方法の平行関係について思考した時である。
コルビュジェ等のモダニスト達はアインシュタインと自分達をパラレルだと考えていたが、モダニズムの基本はニュートンの静力学であるように僕には見える。空間の中を方程式に従って物が運動するニュートンを古典力学が第一段階。時間と空間を接続したが、依然として法則(方程式)というものの存在は否定しなかった第二段階。対象とする世界の超拡大、超縮小に伴い、そのすべてを貫通して支配する法則の存在自体と否定し、すなわち物理学という学問自体を否定したような量子力学以降の物理学が第三段階。
このような三段階説で、この世界の現状がかなりリアルに見えてきたし、僕という建築家の方法と、この量子力学以降の方法の平行関係が見えてきて、興奮した。最新の量子力学については、恩師原広司が絶賛する大栗博司の一連の本から多くを教わった。
もう1冊は、新潮社から出る『ひとの住処』で、僕が書き続けてきた自伝的書物の中の決定版となるだろう。1964、1985、2020という3つの補助線を引くと、僕の人生と僕の方法が想像していた以上にクリアに見えてきた。その意味で、2020だからこそ、2020年という補助線を獲得したからこそ、この本が書けたわけである。