2年半ぶりに、海外を旅した。ニューヨークで緑の中にたつ吉村順三建築を訪ねてからサンフランシスコに飛び、日本で3日間過ごしてから、ヨーロッパの5か国をまわった。打ち合わせと敷地視察の要望がたまりにたまっていたので、このようなタイトな旅程になった。
コロナの2年半は、日本という限られた場所に合わせて、新たな生活のリズムを作った。北海道や沖縄など、生の自然を直接感じられる場所に新しい拠点ーサテライトオフィスーがいくつか生まれ、そこで自然と接し、自分というものを見直すチャンスを得た。東京でも、つとめて歩くことを心掛け、自分の身体を、少しだけ狩猟採集民的に改造できたような気がする。
そうやってちょっとだけ狩猟採集生活に戻り、野性化した身体が、飛行機に乗るとどんなことになるかが、少し不安だった。とりあえず、体の不調もなく、敷地を訪れ、ミーティングを重ねて戻ってこられたのは、現地でたくさん歩くことを心掛けたからだと感じる。原野に近い「野性」の敷地を汗だくになりながら歩いただけでなく、街の中でも可能な限り歩いた。なぜか僕には「野性」の敷地が与えられることが多い。そのような「野生」を求めるクライアントが次々と訪れる。コロナをきっかけにして、「野性」にとび出していこう、世界じゅうのいろいろな人が考え始めたのを肌で感じた。僕も部屋にこもって考えずに、歩きながら考えることにした。激しく歩けば、コロナ時代に身につけた狩猟採集と、飛行機という鳥になり道具を、上手に組み合わせられるかもしれない。